シャネル&ストラビンスキー
映画「シャネル&ストラビンスキー」(原題は、ココ・シャネル&イゴール・ストラビンスキー)を終映間際に観てきた。感想は・・「濃い胸毛が嫌いな人で、ストラビンスキーの曲が好きな人は見ないほうがいい」かもしれないです。。(いやほんとに)ストラビンスキーの細い目つきがなんだかや〜らしくて怖いし。
ストーリーは、ストラビンスキーとシャネルのR18な恋のお話が展開されるという架空の話といえば、身もフタもないけど、歴史的に、ちょうど「春の祭典」の作曲時と香水「NO5」の作成時が重なっていたということと、実際にシャネルが別宅をストラビンスキーの一家に提供していたという話をベースにして展開していきますが、単なる伝記的映画ではないという意味では、昨年公開されたシャネル映画ニ作品とはかなりスタンスが違いました。好みが分かれるかもしれないけど、私は(イゴールの胸毛と目つきをのぞけば)この映画のフィクショナルな試みは面白いと思います。
ココ(ビジネスの成功者)
ストラビンスキー(売り出し中の作曲家、春の祭典で革命児となる)
ニジンスキー(天才君)
ディアギレフ(バレエリュスの主催者)
これが映画に出てきた著名人ですが、誰が一番幸せな人生を送ったのか?というと、ディアギレフなのかな、と思いました。ココは自立してるけど孤独だし、ストラビンスキーは革命児だけど家族をかかえて貧困にあえいでるし、ニジンスキーは天才だけど繊細すぎて薄幸だし、ディアギレフはこの中では何か作品を作りだしてる訳じゃないけど、人と場をアレンジしたのは彼で、それがなければ「春の祭典」も生まれなかったし、一番やりたいことを裏から操作して実現してるのは彼じゃないか?と。何かを作り出すっていうことは、かなりの確率で不幸になるのかしら、という気にさせられる映画かもしれないです。
今急に思いついたんだけど、「ペトリューシカ」的に、人形遣い役がディアギレフで、他の3人が例の人形役というのはどうかしら、と。イゴールとココが恋仲になる人形役で、主役(ペトルーシュカ)のニジンスキーはココへのジェラシーでイライラ。これを裏からあやつって楽しんでるのが、ディアギレフ。こういう話の展開もおもしろいかもしれない、なんて考えてしまいました。
ストラビンスキーはクラッシック作曲家の中では好きな作家ベスト5に入るので、ちょっと観なきゃよかった的展開もあったけども、まあ、総じて、星4つ、でした。