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注目

社会批評なくしてアートにあらず-YBA & BEYOND - テート美術館 世界を変えた90sアート

 こちらは今まで日本では断片的に個々の作家は紹介されてきたものの、時代全体を総括する流れでの展覧会は初ではないかと思います。90年代は日本では初頭にバブルが終焉し経済が混乱、英国では保守党、鉄の女サッチャー政権が90年に終わり、97年には労働党トニー・ブレアが登場、90年代は長い失業問題を打開し金融・サービス業に転換することに成功し、経済的には安定した時代ではあったものの、EU内の移動自由化よる移民の流入で多様性が激化した時代でした。英国アートはこの時代、既存の枠を外そうとし大衆文化にも近づき、ジャンルにとらわれない自由な展開を見せました。 現代とは違いSNSもなかった時代、アートが真っ向から政治や社会と対峙してきたその軌跡が辿れる貴重な展覧会です。90年代を代表する「ブリット・ポップ」、その大衆音楽との関連性も見逃せません。 spotyfyにプレイリストがあります。 時代の雰囲気を感じられる曲ばかりですので、併せてお楽しみください。なお、展覧会は6月に京都へ巡回します。 左よりフランシス・ベーコン、ギルバート&ジョージ、ダミアン・ハーストの作品が並ぶ展覧会入り口 展覧会は フランシス・ベーコン からスタートします。 1992年に亡くなっている のでこの90年代は彼の最晩年ですが、 彼がこの時代の入り口であったといえるかのような導入 です。今回の展示では 伝統的な絵画は極めて少なく、90年代英国アートシーンは絵画の時代ではなかったと言える でしょう。上の写真の中央奥の ギルバート&ジョージ もベーコンも性的嗜好はゲイです。ベーコンはLGBTQへの圧力がある中で成人し、 42年と43年生まれのギルバート&ジョージは自分たちがLGBTQであることを作品のテーマにした 。90年代は性的嗜好の多様性が早くも英国では認められ出していたという時代性を感じるオープニングです。 90年代アートの方向性を決定付けたのが 1988年の「 freeze 」展 だと言われています。(余談ですが、蝶が表紙の同名の冊子が刊行され、そのアイコニックなビジュアルが今回の展覧会ではグッズ展開していました)こちらは 学生主体の展覧会 だったというから驚きです。参加者たちはその後、 YBA(Young British Artist) と呼ばれ、 ダミアン・ハースト を筆頭とした若者たちが台頭しま...

ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子「漂着」

すでに閉幕となった展覧会ですが、記録として掲載いたします。

この展示は、作者の意図でキャプションや解説が会場に設置されていないとのこと。「見て考えて」ということなのだろうと思いながら、まず山城知佳子の展示室へ入ると、アボリジニ出身のジンジャー・ライリィ・マンドゥワラワラの《四人の射手》の図像学的に意味がありそうな、素朴な絵画がお出迎え。これも解説がないので、映像作品に出ている人が描いた作品か?と一瞬思いつつ最後に答え合わせができたのですが、石橋財団コレクションとのジャム・セッションなので、収蔵品も展示するよ、という趣旨の展覧会なのでした。そういえば、ジャム・セッションと銘打った展示を今まで2回ほど見ておりました。「柴田敏雄と鈴木理策」毛利悠子」展です。この、収蔵品と作品を組み合わせた展示、という試みはとても斬新で組み合わせの妙もあり個人的には大変好きな手法ではあるのですが、正直、今回特に志賀の展示に唐突に現れたジャコメッティの平面作品は、ないほうが良かったようにも思いました。(ジャム・セッションという趣旨なのだから仕方ないのですが、志賀の作品世界の引力が強すぎてジャコメッティが押されていたようにも見えました) さて、山城作品の話に戻りますが、解説がないので、全てを考えながら映像を見て行かねばなりません。私は山城作品の大ファンでほとんどの作品を見てきたのですが、今回の新作は沖縄を離れて東京や南洋を舞台に作品が作られ、戦後80年が1つのテーマになっているなということは分かりました。ついに沖縄以外もテーマにしたのかと思い、どんな心境の変化が作家におきたのかと思いました。また、この複数の映像からなる新作はパーティションなどで仕切られておらず、全体がつながっているかのような構成でした。

志賀理江子の作品は、壁一面にロールの印画紙に出力された写真の上から、作者が地元宮城で見聞きしたことが縦に手書きで書き連ねられています。手書き文字の醸し出す味から、なんだかお経が書いてあるようにも見えてきます。このスタイルでの志賀の作品を見たのは初めてではなく、彼女の定番スタイルの1つなのだと思います。書かれている内容で印象に残ったのは、震災後のある日「なぬもかぬも」(なんでもかんでも、という意味)と書かれた女川原発の廃棄物を運ぶトラックを複数見かけ、それを追いかけて意味を調査したというエピソードです。人々が少し疑問に思っても、見過ごしてしまうような現象や出来事を丁寧にすくいあげて作品にしている。そのエネルギーがすごいなと思いました。実は、志賀の作品はインスタレーション化する以前の初期作品群が好きでしたが、今回はようやく彼女の制作スタイルが私の中にストンと降りてきた気がしました。今後の作品展開が気になります。 

志賀理恵子は「第1回 梅原猛人類哲学賞」を受賞ニュースが入ってきました。おめでとうございます。

 ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山城知佳子×志賀理江子「漂着」 
2025年10月11日(土)– 2026年1月12日(月・祝)アーティゾン美術館

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